不妊去勢手術Q&A
福岡県における犬・猫の過剰繁殖問題についての現状・社会的影響・原因・対策等について詳しく述べられていますが、獣医師向けの不妊去勢手術ガイドラインの中で飼育者サイドからよく疑問に持たれることをQ&Aで平易に解説介いたします。 ぜひご参考にしてください。
A1 手術そのものが犬や猫を太らせるわけではありません。肥満は、摂取カロリーが消費カロリーを上回っている場合に起こります。手術をするとストレスから開放され、発情行動がなくなり、それにともなう縄張りの巡回や興奮などが減少し行動が大きく変化します。その結果、消費カロリーが15~25%減少するといわれています。したがって、手術後は食事の量をおおむね20%ほど減らすことで肥満を予防することができます。つまり、手術をしていない動物は、食費が約20%余計にかかるともいえるでしょう。
A2 生まれもった性格は基本的には変わりません。しかし、手術後は発情期の興奮や神経過敏、闘争、放浪などがなくなるので行動が安定しておとなしくなります。性格が変わるのではなく、性ホルモンに起因するストレスから開放されて、行動が変化すると言ったほうが良いでしょう。
犬のオスとメス及び猫のオスとメス、それぞれについて、発情期の行動と手術後の変化を次に説明します。
メス犬は通常1年に2回、定期的に発情期が訪れ、3~4週間継続します。この時期、攻撃性や警戒心が高まり、普段おとなしい犬でも飼い主や子供への咬傷事故が発生することがあります。メス犬は発情期が来るたびに精神的、肉体的なストレスを受け、それが感情のコントロールを難しくしています。不妊手術をすることによりこのストレスと苦痛を取り除くことができます。手術後は安定した精神状態となります。
メス猫は交尾刺激が起こってはじめて排卵し、発情が終了します。交尾刺激がないと短いサイクルで発情を繰り返します。猫の発情は非常に激しく、飲食を忘れて一晩中オスを求めて鳴きわめきます。家猫であればこの発情期の行動と声は耐え難いものです。オスを求めて出歩くため交通事故にあう確率も高まります。不妊手術をしていないメス猫はテリトリー意識が強く、警戒心も強まり他の猫と争うことが多くなります。不妊手術をすることにより発情期の異常な行動、鳴き声、ストレス、喧嘩による外傷を軽減することができます。
オス犬に良く見られる問題行動である「吠える」、「咬む」などの攻撃性は、闘争本能、狩猟本能によるものであり、これはホルモンの影響下にあります。オス犬は性的に成熟する前に去勢手術をすることで、これらの問題行動やテリトリー意識による尿のマーキングやマスターベーションの習慣を減らすことができます。しかし、性成熟期を過ぎて大脳で学習してしまった後では、去勢手術をしても学習した行動が残る恐れがあるので、早期の去勢手術が望まれます。
オス猫は、未去勢の場合、非常に縄張り意識が強いため、猫同士で喧嘩をしたり、あちこちに排便や排尿をしてマーキングを行います。排尿によるマーキングは室内でも見られます。猫どうしのケンカでは、ケガをするばかりではなく、猫白血病や猫免疫不全ウィルスに感染する機会が増えます。また、テリトリーを巡回したり、猫どうしで争っているうちに、交通事故に遭遇する機会も増えます。オス猫は去勢手術をすることによってこれらの危険因子が減少し、精神状態が安定します。また、去勢をすることで独特の強い体臭と尿の臭いを和らげることができます。
A3 手術は基本的には健康な犬や猫に行うものです。したがって、手術前の診察や検査により健康に不安のある犬や猫は除外されます。しかし、どんな手術にもリスクがともないます。私たちはそのリスクを最小限に抑えるために、安全な麻酔薬の選択、器械やモニターの整備、術中の監視、術後のサポートなど、できる限り安全な手術を行うよう努力しています。
A4 犬や猫は一度の妊娠で3~5頭の子供を産みます。この子達に新しい家庭を見つけてあげることはきわめて難しいことです。また、出産は母体にとっては大きなストレスであり、中には難産になったり、命を落としたりする例もあります。
また、早く手術を受けると乳腺腫瘍の発生率を抑えることができるというメリットもあります。即ち、最初の発情が来る前に手術をすると、乳腺腫瘍の発生率はなんと1/200に下がります。しかし、発情を一回経験した後に手術をすると、その発生率は1/12、さらに二回発情を経験した後では1/4にしか抑えることができません。したがって、不妊手術は早い時期に行う方が多くのメリットがあります。
A5 不妊去勢手術を受けることで、多くの病気を予防できるほか、性的なストレスからも解放されるので、動物はより健康で長生きができると言われています。
A6 若齢動物においては、性成熟期前の生後4~6ヶ月齢が適期となりますが、一般に生後4ヶ月齢以上の健康な犬や猫では、いつでも行うことができます。
A7 動物も痛みを感じますが、手術は全身麻酔で行いますので、全く痛みは感じません。手術後も鎮痛剤を投与することで痛みを抑え、快適な生活をすることができます。
A8 犬や猫のケンカの強さは、精神的な部分はもちろん関係しますが、テクニックや年齢によるところも大きいので、去勢手術をしてもケンカの強さには影響はほとんどありません。しかし、性行動の一環としてのメスを求めてのケンカは大幅に減少しますからケンカの頻度は減少するでしょう。
A9 不妊手術によって性格が荒くなることはありません。性格は頭脳が作るものです。手術をしてもメス犬がオス犬になるわけではありません。あくまでも中性化するだけです。発情期や授乳期の不安定な精神状態や攻撃行動はなくなりますから、一般的にはかえっておとなしくなります。ただし、若い時期から攻撃性を示しているメス犬では攻撃性が増えるという報告があります。この場合は、正しい接し方やしつけなど、行動修正を行っていく必要があります。
A10 去勢手術をすると、縄張り意識は低下します。しかし、手術をしても中性化するだけで、犬としての本能は残っているので、他人が来れば吠えて警戒することに変わりはありません。つまり、メス犬でも良い番犬がいるのと同じことです。
A11 年齢に制限はありません。高齢でも健康であれば手術はできます。しかし高齢になるほどリスクも増えるので、できる限り早く行なったほうが良いでしょう。
A12 不妊去勢手術をしたからといって、目が見えなくなったり、耳が聞こえなくなったりすることはありません。
A13 不妊去勢手術によって性ホルモンが減って毛が抜けるということはありません。脱毛した動物に性ホルモンを投与して治癒する皮膚病がありますが、これは手術を受けていない動物にも同じように発生しています。手術が直接の原因ではありません。
A14 不妊去勢手術が原因となって癌になったという報告はありません。逆に乳腺腫瘍等のホルモンに関係する腫瘍の発生率を大幅に低下させることができます。また、卵巣、精巣、子宮などを取り出すので、これらが癌になる可能性をゼロにすることができます。
A15 外で飼っても、室内で飼っても同じように発情は来ますから、不妊去勢手術は必要です。病気を予防できることや行動の変化などの手術によるメリットも同じです。発情期に出血で室内を汚すことや尿によるマーキングも防げるので、動物との暮らしはより快適になると思われます。
A16 犬や猫は、ずっと昔から私たち人間と共に暮らしてきました。狩猟、採取の時代には、犬も猫も人も自然と共にあったのでしょう。しかし、農業社会から産業社会に時代が移っていくにつれ、私たちは自然から離れ、文明の恩恵を受けて暮らすようになりました。そして、犬も猫も私たちの仲間として人類の歴史を共に歩んできたのです。私たちが原始の生活に帰れないのと同様に、彼らも野生に戻ることは、もはやできません。そうであれば、社会の中で人と動物が幸せに共存できるように、さまざまな工夫をしてあげるのが私たちの務めです。ワクチンやペットフードと同じように、不妊去勢手術も、その工夫のひとつです。
A17 これまでに行われた研究報告を見ると、生後4ヵ月から6ヵ月齢の性成熟前の手術は、成長に影響を与えないとされています。また、米国のアニマルシェルター(動物保護施設)では、10年ほど前から非常に多くの犬や猫がさらに早い時期(生後2~3ヶ月齢)に手術を受けていますが、現在のところなんら問題は報告されていません。
A18 メスに対しては、ホルモン剤を皮下に埋め込む方法や注射をする方法がありますが、効果の続く期間が限られており、深刻な副作用も報告されています。また、オスについては、手術以外の方法はありません。したがって、現在のところ、安全で恒久的な方法としては、外科手術が最良の方法です。